今日初めて山手線ホームが内回り外回り同じになった
渋谷駅に行きました。
けっこう広かった。

東京は少し暖かくなって
散歩日和でした。
散歩しなかったけど。

目下の課題は
8弦ギターのキャパシティに少し慣れてきて、
頭の中で思い描く音楽の構造がそれ向きになってきているのに
技術的には今ひとつブレイク・スルーをしないところ。

物理的にはこの建物立つはずなんですけどね、
と設計士が言っているのに
現場の対応が今ひとつな感じです。
あ、その二律背反が自分の中で起こってるということです。

これはきっと
一回全然違うことを考えたりやったりしたら良いのかもしれない、
と思って、気分転換ばかりするうちに日が暮れました。

気分転換の一つ、最近導入されたのは
年末年始にほとんど人と合わなかったので、
いろいろな会合のお誘いがあり、
もういっそのことなのでそれらの幹事というか企画を
自分でせっせとやることにして、
お店ばっかり検索しているんですけど、
知らない間にすごいお得なお店がたくさんあるんですね〜

蟹しゃぶ宴会のみ放題つき5000円とか、
鳥の水炊き飲み放題付き2700円!!とか
てか、飲み放題ベースかよ。。。ってツッコミは自分でもあるのですが、
そういうのが普通に都心でもやっている。
どうなってるんでしょうね、採算は。。。。

今日は渋谷でタワレコに行ったんだけど、
輸入盤などに、
円安対応価格改定前、最後の商品です!
みたいに書いてあって、
そっか、あれらが軒並み値上がりするんだと思いましたが、

宴会コースの食材たちはいったいどうなっているのでしょうか!?!?!

なんか今の日本は2000年前後のアジアのように
お得でお安いグルメが溢れているんではなかろうか。
そして世界中からそれをみんなが食べにくるんではなかろうか。

そう考えるとたくましいですよね。日本人。
食い意地が何かを突破していく。

安くて美味しいものが手軽に手に入るようになると、
そうではないものって、どうして必要なんだろう、って考えますよね。

そんなに安くなくても、
何か例えば、そこに行ってその一碗のお吸い物をいただくと
頭の中に風光明美な山郷の絶景が広がる味、とか、
その一口でパソコン疲れした頭が一瞬にして解きほぐされる
ちょっと高級なシュークリームとか。

なんでそういうことを考えるかというと、
音楽も、
聴いて楽しむ、ということを少し超えた、
まったく意味がわからないけどそれを聴いていると
なぜか頭の中だったり心の中だったりが
模様替えしたての部屋みたいにすっきりと整理された感じになる、
という種類のものがあるような気がするんですね。

リセットしたい時に聴けるもの。

それって絶対、
ジョギングの時にあがる音楽でも、
パーティの時に会話が弾む音楽でも、
デートの時やドライブの時にかけたい音楽でも、
どれでもない
気がする。

なんか、
音楽が人と分かち合う前提すぎていることに
疲れと限界がきているのではないか、
とさえ思う、いや、
それはこちらの言い分かもしれないけど、
少なくとも僕がギタリストとして
残りの時間を捧げて追求できるとしたら、
個人のその人の頭と心の中で鳴る音楽なんではないかなぁ、
って、最近思います。


写真はスマホがお勧めしてきた
まったく関係ないクマノミ
あ、でも、今日のテーマから言うと、
潜ってる時にはバディがいてもどこか一人になってる、
それを取り囲む海の景色。
みんな同じ海中の景色を見ていても、
どこかで一人だけになっている感じ、
という意味ではお似合いの写真かも。
P3110209.JPG























カテゴリー 音楽
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